日本のニュースで読んだ『老後に必要な貯金は1人3000万円』にびっくりしました。そしてそれだけ持っていると言う人も一杯いるようで…。
年収500万円以上が人口の半分もいないと言われている日本なのに、なぜみんなそんなに持っている??逆算してみると全く合いません。多分親からの相続等を含めてなのかもと思います。
私の年収は500万円以上あるかないかと言えば、イエスでもありノーでもあります。単に円高、円安で変わるから。現在はかなりの円高なので日本円にすると私の年収は大した事ない額になってしまいます。
デンマークの場合結婚していると、2人の名義で共同口座を作ります。そこから公共料金引き落とし専用を作ったり、クリスマス用の積み立てを作ったり出来ます。←うちはこの2つと普通口座に加えて貸金庫もあり。
私達は決して贅沢をしているわけではありませんが、入って来る分も少ないのでなかなか貯金は溜まりません。まして家を買ってしまったから、毎年のようにどこかリフォームをするという事でお金がかかります。それ用に貯金して、その分使ってまた貯めて〜の繰り返しです。
おまけに日本に行く事もあるし、夏の休暇にはギリシャに行っています。最近は私1人でコンサート旅行もしています。
生活は至って質素です。必要最低限のものしか買わないし、冷蔵庫も空っぽになってからしか買い出ししません。私が仕事の日に夫が夕食を取れるように休みの日にお弁当を作って冷凍しておくという究極の節約までしています。
それでも2人で日本に行くとなると100万円近く飛びますから、なかなか貯金額は増えません。
多少はお金を貯めておきたいと思うけど、ふと思うのです。今はお金が欲しいし使いたいけど、私が年金者になった時、今と同じ生活を望んでいるのかという事です。
私は40代でまだ仕事もバリバリやっているし体も動かせるし元気だとは思いますが、5日連続勤務の後の5日休みはどこかで丸一日のんびりしないと次の週の仕事に差し支えるくらい体力が復活しないと感じます。庭仕事をしていると次の日腰痛がひどいとか、1日大掃除をすると腰が痛いとか。
70歳になった時庭の雑草取れるのかと思うと、無理です。
地下に洗濯機がありますが、階段を昇り降りして洗濯物を運ぶ事が苦にならないかと思えば、70歳になったら苦痛になるだけだと思います。
私と夫は、二人がまだ元気という事を過程した上で、夫が70歳になるあたりで家を売りたいと考えています。もうその年齢で一戸建てを管理出来ないし、引っ越しも大変だし、まだ体が動くうちに賃貸に移って生活の質を変えたいと思っています。今家があって楽しい事は高齢になったら苦になるだけだからです。
高齢になった時に家を持たなければリフォーム代や固定資産税も必要なくなり出費も減ります。
今コンサートに行くとか楽しんでいますが、あと5〜10年もすれば行く事もないでしょう。今でさえ、1泊してコンサートも帰って来てからどっと疲れますから50代後半や60代なら絶対しないでしょう。
多分私達夫婦は、家でTV観て、本を読んだり音楽を聴いたり、天気が良かったら散歩して〜という楽しみを続けるだけだと思います。
どうして日本人は高齢になってから大金が必要なのでしょうか?医療費がかからないだけでデンマークだって薬代は自腹だし外食は日本の倍以上ですから質素な生活をしなければいけません。でもその質素な生活に我慢出来ないからお金が必要なだけなのでは?と思います。
私自身は夫と死に別れでもしたら、残りの人生はおまけだと思っています。自分が死ぬまでただ繋ぐだけ。まだ早いから手続きはしていませんが、私は『献体』を希望したいと思っています。そう、私が死んだら私の体を医学学生達の実習に使って欲しいのです。その時はもう高齢のおばあさんかもしれませんが、病死の場合は使い道があるかと思います。
自分の人生、特に失うものはないような気がしています。だから高齢になったらお金もそんなに必要ないと思うし、生きて行ける程度ならそれでいいじゃないかと思います。
だからこそ、今元気なうちに旅行もしたいしコンサートも観たい。いずれ体力の限界を感じて、もういいやと思う時が来るでしょう。そんな時に大金持っていても意味がないからです。
そう思えるのは高齢者をたくさん見ているから。ホームにいる人達、1ヶ月に1万円だって使っていません。もう外出も出来ないし欲しいものもない。欲もなければ希望もないです。若くて元気な時に色々考えても高齢になったらそんな考えは飛んでしまっています。
まぁ私の母のように80歳を目前にしても物欲がある人はお金は必須でしょうけど、私は元々物欲ないし手に入らないならいいやと思うタイプなので、諦めがつくのかもしれませんね。
日本にいなくて良かったとつくづく思います。
そんな私はこの8連休、家の中の物を整理しています。プチミニマリスト←もう身辺整理か?(笑)